伊集院小伝次の墓

伊集院小伝次の墓

 豊臣秀吉は、島津氏を降伏させると、島津義久の第一の家臣伊集院幸侃を人質として連れて行きました。しかし、幸侃は謀反を企てたとして、18代家久に殺され島津義久の第一の家臣伊集院幸侃の子のうち、小伝次の弟の三郎五郎・千次郎も、その後、滝の下で殺されました。
 この墓は、正徳2(1712)年に建てられ、小伝次の墓と呼ばれていますが、弟二人の基ではないかともいわれています。土地の人たちは、「こちどんの墓」とも呼んでいます。
(出典:「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック-四訂版-」鹿児島市教育委員会・平成11年3月発行)

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