南洲翁開墾の地の碑

南洲翁開墾の地の碑

 明治6(1873)年、朝鮮への使節派遣に反対されて帰郷した西郷隆盛は、翌々年ここに開墾社をつくり、この一帯およそ39ヘクタールを開墾し、自分も生徒とともにくわをふるいました。
 当時の開墾社には西郷と行動をともにした「陸軍教導団」の生徒も約百名入っていました。そして、昼間は開墾につとめ夜は学問にはげみました。石碑の前のあたりは、寺山私学校(教導学校)があったところです。
(出典:「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック-四訂版-」鹿児島市教育委員会・平成11年3月発行)

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