東福寺城跡

東福寺城跡

 多賀山は、鹿児島の郡司であった矢上氏(坂元の催馬楽城)の一族長谷場氏がいた山城で、別の名を長谷場城ともいいます。
 康永2(1343)年頃、守護の島津家第五代島津貞久は長谷場氏の東福寺城を攻め落として、出水郡から鹿児島に進出して矢上氏と戦ったということです。その子第6代氏久も東福寺城を中心にして活躍し、大隅半島まで勢力をのばしました。
 また、公園入口には、南北朝時代に活やくした「肝付兼重奮戦之跡」の碑がたっています。南朝方の肝付氏は、一族の矢上高純らといっしょに、北朝方の島津氏に対抗して東福寺城にたてこもり、戦いましたが、1年後、島津氏によって滅ぼされました。
(出典:「鹿児島市の史跡めぐりガイドブック-四訂版-」鹿児島市教育委員会・平成11年3月発行)

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