西南の役官軍戦没者慰霊塔

西南の役官軍戦没者慰霊塔

 近代国家の生みの苦しみと形容される西南戦争は、薩摩軍が維新の英雄、西郷隆盛を頭に載き、7か月の間、政府軍と攻防を繰り返した悲惨な戦いです。
 この間の戦死者は、官軍側6,840余人、薩軍側6,400余人、あわせて13,240余人にのぼります。
 西南戦争最後の決戦場となった鹿児島でも、多くの将兵が倒れ、そのうちの官軍将兵1,270余人は全員がこの祇園之洲に葬られました。もとは官修墓地として墓石が整然と並んでいましたが、荒廃が著しく、昭和30(1955)年地下納骨堂に合葬され、西南戦争100年に際して慰霊塔が建てられました。
 塔は「悲」「苦」「悶」を表す3像の上に「和」像が据えられています。これは、生死の苦しみを離れ、安らぎを得ることを意味し、「和」像の光背は新時代に芽吹く新樹を象徴しています。
 また、納骨堂の前方には西南戦争に参加した青森県人が、戦乱の翌年明治11(1878)年に建てた碑が残されています。

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